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犬養裕美子の冒険するレストラン

お造り、牛タンなど意外な料理が楽しめる 悪立地でも常連が集まる手打ち蕎麦店

「蕎 ぎん清」

2011年7月19日
「蕎 ぎん清」

蕎 ぎん清
東京都渋谷区神宮前2-3-10 TEL:03-3479-1911
営業時間11:45~14:00L.O.、17:30~22:00L.O.、日曜・祝日休

「蕎 ぎん清」店主の前田雅人氏が今年2月に店を構えた場所は、東京の外苑西通りから一本入った路地裏。およそ人通りのないところだ。路地は旧鎌倉街道で、店の前のゆるやかな坂は「勢揃坂(せいぞろいざか)」と立派な名前がついている。平安時代の武将、源義家が奥州に出陣する際に軍勢を揃えたことからついた名だという。

最寄駅の東京メトロ外苑前駅から徒歩10分。周りに目印もなく立地条件は決してよくないが、「地名も粋だし、静かなところでやりたかった。思い通りの場所です」。前田氏にとっては好立地だったのだ。

前田氏が料理人になったのは40歳を過ぎてから。素人が飲食店を開業するなら、手打ち蕎麦から入るとよいと言われる。実際、自家製石臼挽きのそば粉を使った二八蕎麦店で3年修行した。大阪寿司の老舗や、郷土料理の店でも学んだ。ふぐ調理師の免許を取ったときには、料理人になって10年が経っていた。

今年、原点に回帰したわけだが、そのキャリアを十分生かし、蕎麦前の酒肴を充実させている。氏の出身地・三重県から取り寄せる新鮮な魚をお造りや焼き物、揚げ物などにして出す。時には松阪牛のタン料理など、蕎麦店とは思えない料理も出る。

昼はお膳仕立てのランチ(押しずし膳1000円、鯛めし膳1200円、押しずしとおそばが付くぎん清膳1500円)を提供する。意外性や本格的な料理に引かれ、早くも固定客がついている。

トマトとみょうがの冷たい冷かけ850円。岩がきの蕎麦味噌焼き1400円。フランス産夏鴨と茄子の揚げ出し1200円

トマトとみょうがの冷たい冷かけ850円。岩がきの蕎麦味噌焼き1400円。フランス産夏鴨と茄子の揚げ出し1200円

アルコールは日本酒、焼酎はもちろんのこと、ぎん清ジントニック(わさびを使ったオリジナルカクテル)を始めとするカクテル、ワインなど、バーに負けない品揃え。普通の手打ち蕎麦店とは違う幅広い選択肢が用意されている。

手打ち蕎麦店はメニューを絞り、酒も厳選する傾向にある。前田氏はあえて逆を行く。ロスも多く、効率もよくないと思われるが、お客にとっては選ぶ楽しさがある。ビール600円、もりそば650円で帰る人もいれば、コース3000円に日本酒をしっかり飲む人もいる。自由度の高さこそが、蕎麦店本来の魅力ではないだろうか。

「いちど来た方が口コミで広めてくださる。それがありがたいですね」と前田氏。

不便な立地だからこそ、競合が少ない。その地域で話題になる。都心にはまだまだこんな“隠れ家” スポットがあるのではないか。繁華街から離れたエリアにこそ、可能性は潜んでいる。

犬養裕美子

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)レストランジャーナリスト。東京を中心に世界の食文化やレストランの最前線をレポート。農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」審査委員。飲食施設のアドバイスなども行う

(写真=前田宗晃)