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犬養裕美子の冒険するレストラン

麺のメニューが1つもない中華料理店 悪立地ながら、週末は常連客で満席に

くろさわ東京菜

2012年6月12日
くろさわ東京菜

「アサリとトマトの汁ビーフン」(1500円)。麺メニューはこれ1つだけ。中華麺でなく、さつまいものでんぷんで作られたビーフンで、独特の食感だ

「最近は都心からわざわざ来てくださる方も増えて、店のスタイルを守ってきてよかったとつくづく思います」。中華料理店「くろさわ東京菜」のオーナーシェフ・黒澤篤也氏はそう話す。週末の夜は予約で満席になり、ちょうどよいペースの忙しさだというが、この店が満席になること自体が、実は驚きだ。一番近いJR大森駅から徒歩15分。初めてこの店を訪れる人が必ず不安になるほど、駅から離れている。しかも入口が通りから入った場所にあるので注意しないと見逃してしまう。

1年前のオープン当初は麺メニューばかりが出た。「ある夜、ふとテーブルを見たらすべてのお客様が麺メニューだったことにショックを受けました」。黒澤氏は苦渋の末に麺をメニューから外した。「中華なのに麺がない、と怒って帰られる方もいましたし、営業的にも不安はありました」。実際、一時は客が減ったが、代わりにコース料理とワインを楽しむリピーターが増えた。これこそ黒澤氏の望んでいた姿だった。

店名からも分かるように、ここは普通の中華料理店ではない。それは黒澤氏の異色の経歴に由来する。

本格的な飲食の道は三笠会館の洋食部が振り出しだ。イタリア料理を3年学んだ後、中国料理に興味が移り部署を異動。後に退社して、横須賀「皇蘭」で7年半本格的に学び、さらに「ラ・グロッタ」寺内正幸氏のインパクトのある料理に刺激されてイタリアンに戻って後任シェフとして2年働いた。その後、独特の中国料理を提供する蒲田「聖兆」で5年料理長を務めて独立している。

くろさわ東京菜

東京都大田区山王2-36-10
TEL:03-5743-7443
営業時間11:30~13:30L.O.、18:00~22:00L.O.、月曜休

“東京菜”という変わった名前は、日本中から手に入る素材で作る東京料理の意味だという。実際、富士宮や千葉からの産地直送野菜や品質の確かな肉と魚を使った、「フキノトウの中華パイ」「筍ととり貝の揚げ物」といった個性的なメニューが並ぶ。夜は4500円、6300円の2コースとアラカルトがあるが、週末はコースとワインが多く出て、平日4000円の客単価が8000円にアップする。

黄色のナプキンがテーブルにセットされた店内は、中華料理店というより、まさに“レストラン”の雰囲気。「そのうち麺をまたメニューに載せるかもしれません。自分も麺は大好きですから」。

中華料理イコール麺。そんな固定観念を打ち破ったという自信ゆえの言葉だろう。

犬養裕美子

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)レストランジャーナリスト。東京を中心に世界の食文化やレストランの最前線をレポート。農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」審査委員。飲食施設のアドバイスなども行う

(写真=前田宗晃)