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犬養裕美子の冒険するレストラン

看板メニューを封じ、その先へ “ワクワク“は攻めから生まれる

「バーラヴァン・ムッシュヨースケ」

2016年3月15日
「バーラヴァン・ムッシュヨースケ」

松島陽介シェフ(右)は、パリの三ツ星レストランなどフランスで3年修業。京子マダムは、松島シェフと出会うまで飲食業の経験はなかったが、接客の才能を発揮している

東京・中目黒「レストラン・ムッシュヨースケ」といえば、調理法を変えた10数種類の野菜をトッピングしたオリジナルカレーで、一世を風靡したフレンチカレーの有名店。松島陽介オーナーシェフは、独立前に勤めていた東京・中野を中心に5店を展開する飲食企業で、統括料理長としてこのカレーを考案した。

「開店してすぐは、来客数に波がありました。しかも、店舗の設計や施工の費用が予算よりかなりオーバーしてしまった」(松島シェフ)。その支払いのため、松島シェフと京子マダムは休みを返上してカレーを売り続けた。その結果、無事に半年で返済できたという。同時に、雑誌やテレビでも頻繁に取り上げられるようになり、行列が連日できる人気店となった。

商業施設への移転や2号店の展開、レトルト食品の開発などさまざまな誘いがあったが、松島シェフはすべて断った。「経営者として、商売としては成立すると思いましたけど、軌道に乗ってきた店だけに集中したかった」。

ちょうど2階が空いた2003年、京子マダムがもてなすレストラン「マダム・キコ」を作った。1階はカレー、2階はワインと料理。どちらもスタッフに恵まれ、順調だった。「ただ、ここ数年は人の問題に悩みました。仕事を教えてせっかく一人前になったかと思うと辞めてしまう。忙しいばかりで、満足のいく結果が得られなかった」と松島シェフ。

結局、11年に「マダム・キコ」をクローズ。その頃から松島シェフと京子マダムは、「最終的には、カウンターを作り、2人でフランス料理とワインを楽しめる店にする」と決めていた。

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