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女子大生あすみの飲食店再建日記

第1話 女子大生あすみの夢

2011年10月5日
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小さな店から始め、一代で一大外食チェーンを築き上げた男・小川昌一郎。その一人娘・あすみには、幼い頃から「父の跡を継ぐ」という夢があった。そんなあすみに、昌一郎は入社試験の代わりとして、営業不振の飲食店を再生させるいくつかのミッションをこなすことを命じた--。この小説は、あすみの奮闘ぶりを通して飲食店経営の勘所を学んでいただくものです。難題をどう乗り切ればいいか、ぜひあすみと一緒に考えながらお読みください。

「いらっしゃいませ」

元気で爽やかなコールを耳にして、ライトグレーのジャケットが似合う男は満足そうにうなずいた。株式会社ケーズ・キッチンの創業者で、同社を店舗数1000に迫ろうとする一大外食チェーンに育て上げた小川昌一郎だ。

自社の店舗を覗くのは昌一郎の休日の日課である。今日もカジュアル・レストラン「シャリエール」の三鷹店をふらりと訪れた。

「あれ、パパ?」

昌一郎の視線の先には「シャリエール」の制服を着た一人娘のあすみがいた。

「あすみ…。なんだ、もうアルバイト再開か?」

「うん、受験も終わったし、早くお店に戻りたくって…」

あすみは、高校入学直後に、この店でアルバイトのホールスタッフとして働きはじめた。高校3年の夏からは、受験勉強のために一時店を離れていたが、受験も終わり、志望していた都内の大学への入学が決まって、再び大好きな店に戻ってきた。

「そうか、知らなかったよ」

「ねえ、パパ。大学進学も決まったんだし、そろそろ例の約束を聞いてもらいたいんだけど」

「そうだね。じゃあ1000店舗を達成したら、一度ゆっくり話をしよう。さあ、早く仕事に戻りなさい」

昌一郎は既に経営者の顔に戻っていた。

「例の約束」。それは十数年前に遡る。満開の桜が咲き誇る小川沿いの並木道。その脇に佇む白亜のレストラン「K’s Kitchen」は、先月オープンしたばかりで早くも話題になっている人気ハンバーグ店だ。週末ということもあり若者たちやカップルでごった返す店内の一角に、ひっそりと1卓だけ4名掛けのテラス席が設えられてある。桜の木の下で爽やかな風に吹かれながらゆっくりと食事を楽しむことができるこの店一番の人気席で、6歳のあすみは家族とともに食事をした。

「あすみ、入学おめでとう。いよいよ小学校だね。お友達たくさんできるといいね。」

昌一郎の会社は、創業から8年で既に100店舗を超える外食チェーンに成長していた。

「パパありがとう。パパのお店のハンバーグって本当に美味しいね。どうやって作るの?」

「あすみが大きくなったら教えてあげるよ。」

「うん。あすみは大きくなったらパパのお手伝いするんだ。」

「そうかそうか、楽しみにしてるよ」

「あすみ、大きくなったら、パパのお店でハンバーグをつくるんだ」

「よし、約束だぞ」

その約束は少し形を変えて、今に至った。

あすみは起業家の父親の影響を受けて育った。小学生時代から、ケーズ・キッチンが経営するさまざまな店や、昌一郎が関心を抱き視察に赴いたいくつもの繁盛店の門を潜った。そして、美味しいものを食べるお客たちの幸せそうな笑顔を見るのが大好きになった。

昌一郎の家には、やはり同じように飲食店を経営する仲間たちが集まり、そのやりとりも間近に見てきた。大人たちが新店開発や事業提携の話を生き生きと楽しそうに語るのを眺めながら、詳しい内容は分からないながらも、飲食店を経営するというのは面白いことだという思いを強くした。

あすみが小学校6年生のときに、昌一郎を驚かせる出来事があった。家族で繁華街のカレーショップに入ったときのことだ。店に入ってからずっとキョロキョロと周りを見回していたあすみは目を輝かせながら昌一郎に語りかけた。

「ねえ、パパ。私たちがこの店に入ってから30分の間に、10人のお客さんが来たから、1時間だと20人くらいのお客さんがこの店には来るわけだよね。客単価が600円だとして1時間の売り上げは1万2000円でしょ。そうするとスタッフが5人もいるって多すぎない?」

「客単価」などという専門用語を使って一生懸命説明するあすみを、昌一郎は目を細めながら眺めていた。そして小声で言った。

「あすみが店長をやった方がこの店は儲かりそうだね」

「わたし、大人になったらパパの会社に入って店長さんになる」

(つづく)

著者プロフィール

鬼頭誠司(きとう・せいじ)
1971年、名古屋市生まれ。1994年、愛知大学法学部卒業。大学時代から名古屋市で居酒屋を経営し始め、12年で20店舗・年商20億円に拡大する。現在、コンサルティングや受発注システムの運営を行うキューズファクトリーズ社長

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