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女子大生あすみの飲食店再建日記

第10話 店を辞めたい

2011年12月14日
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小さな店から始め、一代で一大外食チェーンを築き上げた男・小川昌一郎。その一人娘・あすみには、幼い頃から「父の跡を継ぐ」という夢があった。そんなあすみに、昌一郎は入社試験の代わりとして、営業不振の飲食店を再生させるいくつかのミッションをこなすことを命じた--。あすみが最初に出向いたのは「居酒屋三歩」。料理はそこそこ美味しいが、接客に課題を抱えている店だ。アルバイトとして働き始めたあすみは、店長に店舗改善のためのミーティングを開くことを提案した。だがミーティング当日、あすみはベテランスタッフたちの思わぬ反撃に遭う…。

そんな矢先に、友夫が深刻な顔であすみに相談を持ちかけてきた。

「あすみちゃん、実は侑哉とサチが辞めたいと言ってきた。みんなの取り組みについていけないし、雰囲気が合わないって。仕事は十分できるスタッフだし、店としては辞めてもらいたくないんだ」

「自分から辞めたいと言うなら、それでいいのでは」という考えが、ほんの一瞬だが、あすみの頭をかすめた。と同時に昌一郎の「たった10人をまとめられないようでは…」という言葉が蘇ってきた。あすみは自分の考えを整理するようにゆっくり話し出した。

「私も辞めて欲しいとは思っていません…。ただ、ようやくできてきた良い雰囲気は壊したくないです。2人は、接客練習も時給がもらえるから参加してるだけで、嫌々な感じが見え見えですから。このままだとやる気のあるみんなに悪影響が出るんじゃないでしょうか」

「そうだよね。でも、2人がいなくなると店としては大幅な戦力ダウンだ。だから、2人ともう一度話をしようと思うんだ。あすみちゃんも一緒に参加してくれない? そのほうがいいと思う。喧嘩になってもいいから本音をぶつけ合おうよ」

「2人としっかり向き合いなさい」という昌一郎の言葉をあすみは反芻した。

「そうですよね。私もしっかりと話し合いたいと思います。お互い本音を言い合えば何かしら前向きな解決ができるように思います。店長、しっかりフォローして下さいね」

「分かった。とにかく思ってることを言い合おうよ」

友夫の前では前向きな返事をしたあすみだが、あの2人と何をどう話せばいいのか、頭の中が真っ白だった。自分の改善提案がきっかけで、2人の先輩アルバイトと残りのみんなの間に溝ができてしまったのは明らかだった。そんな自分の言葉を果たして2人は聞いてくれるだろうか…。頭が一杯でほとんど眠れないまま、あすみは朝を迎えた。

「パパおはよう。朝からごめんね。ちょっと相談があるの」

「どうした?例の2人の話だろ」

「うん、パパは何でもお見通しなんだね…」

「そりゃ経験が違うよ。辞めたいって言ってきたのか?」

あすみは気持ちが楽になった。見事な推察を見せつけられて、似たような場面を幾度も経験し、それを乗り越えてきたであろう昌一郎が、既に“解答”を持っていることは明らかだったからだ。その答えを教えてもらえばいい。

「そうなんだ。それで今度店長と一緒に話し合うの。どんな話をしたらいいのと思う?」

「お店にとって2人は必要なんだろ。そうじゃなきゃ店長はすぐ辞めさせるだろうからね」

「うん、店長は辞めさせる気はないし、私も辞めてほしくないと思ってる。だからどんな話し方をすればいいのか分からなくて…」

「なるほど…。相手はあすみの先輩だよね? しかも、お店から必要とされている人たちだ。だったら立てなきゃ。パパのヒントは以上」

「えっ、どういうこと?」

「あとは自分で考えなさい。」

昌一郎は一言だけあすみに告げて、テーブルの上の新聞を手にして立ち上がった。

「あっ、パパ…」

あすみの呼びかけに、昌一郎は振り向かず、片手だけをちょっと挙げて無言で玄関に向かった。

ヒントだけで終わりか…。あすみは「だったら立てなきゃ」という昌一郎の言葉の意味を考えた。「居酒屋三歩」で一番キャリアの浅いあすみは、他のアルバイトをちゃんと立ててきたつもりだった。言葉使いや態度には気をつかってきたし、心の中にも、彼らを見下しているような部分はまったくない。店長に改善提案を申し出たのは、生意気に映ったかもしれないけど、提案は店長が採用してみんなに実施を呼びかけたわけで、あの2人以外のアルバイトはみんな前向きに取り組んでくれた。なぜ、あの2人だけが横を向いてしまったのか…。

(つづく)

著者プロフィール

鬼頭誠司(きとう・せいじ)
1971年、名古屋市生まれ。1994年、愛知大学法学部卒業。大学時代から名古屋市で居酒屋を経営し始め、12年で20店舗・年商20億円に拡大する。現在、コンサルティングや受発注システムの運営を行うキューズファクトリーズ社長

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