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女子大生あすみの飲食店再建日記

第2話 入社試験

2011年10月12日
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小さな店から始め、一代で一大外食チェーンを築き上げた男・小川昌一郎。その一人娘・あすみには、幼い頃から「父の跡を継ぐ」という夢があった。そんなあすみに、昌一郎は入社試験の代わりとして、営業不振の飲食店を再生させるいくつかのミッションをこなすことを命じた--。あすみが最初に出向いたのは「居酒屋三歩」。料理はそこそこ美味しいが、接客に課題を抱えている店だ。アルバイトとして働き始めたあすみは、店長に店舗改善のためのミーティングを開くことを提案した。だがミーティング当日、あすみはベテランスタッフたちの思わぬ反撃に遭う…。

大人になったあすみと少し白髪混じりになった昌一郎が、その約束について話し合ったのは、大学生になって迎えた最初のゴールデンウィークの最終日だった。2人は、あの白亜のレストランのテラス席に向かい合って座っていた。

「ここに来るのも久しぶりだね」

あすみは少し緊張した面持ちで昌一郎に話しかけた。

「そうだね。ここに座ると、あすみが小学校に上がったのがつい昨日のように思えるよ」

「パパ、1000店舗達成おめでとう」

昌一郎は、小さくうなずきながら、ありがとうと返した。

「相変わらず美味しいハンバーグだね」

「味をずっと守り続けるというのは大変な事なんだよ」

そう言い切る昌一郎の表情は自信に満ち溢れていた。

「食後のコーヒーになります」

店員の言葉に、昌一郎の顔から笑顔が消えた。

「君、その言葉使いはおかしいよ。店長の高木君を呼びなさい」

「申し訳ありません。すぐにお呼びします」

店長が表情をこわばらせ小走りにやってきた。

「高木君。アルバイトさんの言葉使いが乱れているよ。指導はどうなっているんだ?」

「社長。大変申し訳ありません。すぐにミーティングを開いて徹底します」

「頼むよ。君ならできるはずだから」

「はい。かしこまりました。ありがとうございます」

昌一郎があすみの目の前で社員を叱るというのは、これまでついぞ見せなかった姿だ。あすみは昌一郎の心の内を正しく理解した。パパは父親としてではなく経営者として私と話そうとしている――。あすみは背筋を伸ばした。

「あすみは本当に私の跡を継ぎたいと思っているのか?」

「もちろん。ずっとパパの背中を見て育ってきたから。それしか考えられないよ」

「厳しい世界だって事は理解しているな?」

「はい。社長」

あすみははじめて昌一郎のことを社長と呼んでいた。

「分かった。では、これからあすみの入社試験を実施しよう。ただしこの入社試験は大学4年間をかけて実施する」

「えっ? 4年間?」

「そうだ。4年かけて行う。あすみにこれからの4年間にいくつかのミッションを与える。それを全てクリアできたら晴れて入社試験合格というわけだ」

「どんなミッションなの?」

あすみは不安そうな表情で昌一郎の顔を覗き込んだ。

「私のところには、営業不振の飲食店から相談に乗ってほしいという問い合わせが山のように来ているのは知っているね。本業が忙しい中、とてもじゃないが、それに一つひとつ答えるわけにはいかない。だが、中には仕事上のつながりなどもあって、放っておくわけにもいかないものもある」

そこまで言うと昌一郎はコーヒーを一口啜った。

「そこでだ。そんな瀕死の状態のお店に、私に代わってあすみが乗り込み、再生してもらう。これがミッションだ。できるかな?」

思いがけない話だった。でも、あすみは「面白い」と思った。

「やらなきゃ入社できないんだよね?」

昌一郎は黙って頷いた。

「分かった。高校3年間のアルバイト経験を生かしてやってみる」

「当然ながら私の娘ということは話してはいけないよ。あくまでも一人のアルバイトとして働くんだ。私に助言を求めるのは構わないが、手取り足取り面倒を見るつもりはない。自分の目で見て、自分の頭で考えるんだ。いいね」

あすみは昌一郎の目をじっと見据えてニッコリと笑った。

「なんだかわくわくしてきた。小川昌一郎の娘はそんなことでビビらないしっ!」

「その意気だ!では最初のミッションが決まり次第、取りかかってもらうよ」

こうしてあすみの長い入社試験が始まった。

(つづく)

著者プロフィール

鬼頭誠司(きとう・せいじ)
1971年、名古屋市生まれ。1994年、愛知大学法学部卒業。大学時代から名古屋市で居酒屋を経営し始め、12年で20店舗・年商20億円に拡大する。現在、コンサルティングや受発注システムの運営を行うキューズファクトリーズ社長

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