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女子大生あすみの飲食店再建日記

第3話 居酒屋三歩

2011年10月19日
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小さな店から始め、一代で一大外食チェーンを築き上げた男・小川昌一郎。その一人娘・あすみには、幼い頃から「父の跡を継ぐ」という夢があった。そんなあすみに、昌一郎は入社試験の代わりとして、営業不振の飲食店を再生させるいくつかのミッションをこなすことを命じた--。あすみが最初に出向いたのは「居酒屋三歩」。料理はそこそこ美味しいが、接客に課題を抱えている店だ。アルバイトとして働き始めたあすみは、店長に店舗改善のためのミーティングを開くことを提案した。だがミーティング当日、あすみはベテランスタッフたちの思わぬ反撃に遭う…。

「いらっしゃいませ、こんばんはっ! 何名さまですか?」

「はいかしこまりました。生中お2つですね」

「ありがとうございまーす。」

東京・神田にある「居酒屋三歩」に元気一杯の笑顔で汗を流すあすみの姿があった。その2カ月ほど前、前触れもなくあゆみは昌一郎に呼び出された。

「あすみ、いよいよ最初のミッションだ。オープンして1年ほど経つ居酒屋がどうしても目標売り上げに到達しなくて困っている。ちょうど求人募集が出ているのでアルバイトとして働きなさい」

「はい社長、かしこまりました」

あすみの四角張った言葉に昌一郎は苦笑を浮かべた。

「それで社長、具体的には何をすればいいの?」

「うん、まず、なぜこの店が売れないかを客観的に分析しなさい。そして1カ月後に改善提案を私のところに持ってきなさい。そしてそれを基にして改善に取り組み、目標売上に到達すればミッションクリアだ」

「了解です。どんなお店か詳細を教えてもらえる?」

「神田の駅前にある50席程度の居酒屋だ。営業時間は17時から24時。大衆的な価格の気楽な居酒屋だね。現在の売り上げは月商500万円、これを600万円にしてきなさい。」

「ここはチェーン店なの?」

「系列店を3店舗持つまだ新しい会社だ。社長は若くてやる気がある。しかし核となる従業員が辞めてしまい、本人もほかの店に出ているのでどうにも神田の店に手が回らない状態らしい。店長は30歳で料理畑出身、飲食経験が5年ほど。アルバイトは学生が大半だそうだ。これ以上は、実際にお店で働いて、自分の目でつかむことだ」

「分かりました。明日早速お客さんとして店を見てくるね。」

「そうだな。最初はお客として見る方がいいだろう。まずその感想を教えてくれ」

「了解しました!頑張ります!」

あすみは神田の居酒屋に幼馴染で一番の親友であるはるかを誘った。「なぜ神田?」と不満そうなはるかだったが、あすみが事情を話すと「面白そう」と付いて来てくれた。初夏の夕暮れ時の神田駅前は、ワイシャツ姿のサラリーマンで賑わっていた。

「うわぁ。まさに神田って感じ」

はるかは驚きの声を上げた。

「それにしても店が多すぎない?」

あすみも同感だった。ファストフード店や大手チェーンの居酒屋から小さな立ち飲み店や老舗を思わせる蕎麦屋や鰻屋まで、様々なタイプの店がひしめきあっていた。

本当にいろんなお店がある。そして流行っているお店とそうじゃないお店がはっきりしている。こんなにも分かりやすい差が出るのだとあすみは改めて飲食店の実力差を思った。

流行っているお店はどちらかというと大衆的な感じでサラリーマン客が多いなぁ。「三歩」もこんな感じなのかな…。あすみは、わざと遠回りしながら駅前のお店を観察した。

はるかが先に「居酒屋三歩」を見つけた。

「あ、ここじゃない? 周りのお店に比べて結構お洒落な感じだね。でも何だか入りづらい感じがする」

いきなりはるかがダメを出した。確かにお洒落な外観の店なのだが、店先にビールケースが積み上げられていて、どことなく汚れた印象がある。看板も見当たらず、これでは何の店か分からない。一見のお客の入店を拒んでいるような感じすらする。

「まぁ、とにかく入ってみよ!」

気乗りしないふうのはるかの手を引いて、あすみは恐る恐る引き戸を開けて店内に足を踏み入れた。だが、誰も2人には気づかないようだった。

「あの、すみません…、二人なんですけど…」

「いらっしゃいませ。すぐご案内します。サチ、2名さまご来店、早く案内して!」

カウンターにいた店長らしき人が荒々しい声でアルバイトらしき女性店員に指示を出した。

「ごめんなさい。こちらへどうぞ」

通されたのはなぜかお手洗いの前の二人席。ほかに空いている席がいっぱいあるのに何で?という気持ちを飲み込んであすみとはるかは席に向かった。

「お飲み物のご注文は?」

まだ席に着くか着かないかのうちに女性店員が訊ねてきた。テーブルは油でテカり、洒落た照明のシェードはうっすらと埃をかぶっていた。汚い。これじゃお洒落な雰囲気が台無しである。べトつくメニューブックを開いて2人はウーロン茶を頼んだ。

「ウーロン2丁頂きました」

「あいよ」

店員はここぞとばかりに声を張り上げる。すぐ横でそんな大声を出さないでよとあすみは思った。それしても「ウーロン茶2丁」はない。せめて「かしこまりました。ウーロン茶お2つですね」くらいのことを言えないのだろうか。スタッフは妙にテンションが高いが気持ちいい接客とは言えない。お客さんも何だか楽しそうじゃない。あすみは3割ほどしか埋まっていない店内を見わたして小さくため息をついた。

(つづく)

著者プロフィール

鬼頭誠司(きとう・せいじ)
1971年、名古屋市生まれ。1994年、愛知大学法学部卒業。大学時代から名古屋市で居酒屋を経営し始め、12年で20店舗・年商20億円に拡大する。現在、コンサルティングや受発注システムの運営を行うキューズファクトリーズ社長

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