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編集部のマルチスコープ

大戸屋HD会長 三森氏の言葉

日経レストラン編集部の宮坂です。

7月27日、大戸屋ホールディングスの三森久実会長が亡くなりました。

三森氏は、養父が経営していた東京・池袋の定食店「大戸屋食堂」を1979年に引き継ぎ、それを大きく育てるべく、83年に大戸屋(現・大戸屋ホールディングス)を設立。2015年3月末現在で416店(国内328店、海外88店、FC店含む)を持つチェーンに拡大しました。女性が気軽に入れる定食店の先例となり、05年にはタイ・バンコクに海外1号店を設けるなど、現在の外食チェーンの動きを先取りしてこられました。

三森氏には、14年1月に本誌で開催したセミナー「日経レストラン経営塾」にも「海外進出」をテーマにご登壇いただき、ご講演後に聴講の皆さんから1時間半にわたって質問にお答えいただきました。

その質疑の中で、「現在の『大戸屋』という業態はどうやって作り上げたのか」という問いに答えた三森氏の話が印象に残っています。

三森氏は高校卒業後、有名ホテルのシェフを目指してレストランで働き始めましたが、しばらくして定食店を経営していた養父が体調を崩し、その店を引き継ぐことになりました。

店を継いだ1979年当時の「大戸屋食堂」は大繁盛店でしたが、「池袋で一番汚い食堂として有名で、女性客は1人もおらず、男性客もネクタイをしたような人はまずいなかった」(三森氏)。

店を大きくするために「品の良いお客様、女性のお客様にもっと来てほしい」と考えた三森氏は、当時サンダルばきで店に立つのが当たり前だった店員に蝶ネクタイを着けさせ、食材を買い出しにいくついでに東京・合羽橋で美しい器を購入するなど、できるところから少しずつ目指すお客に喜ばれる店にする工夫を積み上げたのだそうです。

その発想が、3号店である吉祥寺店を女性向けに模様替えすることにつながり、それが現在の「大戸屋」の基礎となりました。

「19歳のときから、とにかくお客様に喜んでもらうことを考え続けてきた。思い続けること、考え続けることを忘れたら飲食店は続かない。商品開発でもお客様に『大戸屋』すげぇーと思ってもらえるようなものを考えなくちゃ」と、三森氏は話していました。

さらに三森氏は、こう続けました。

「飲食店が利益を上げることは大事ですが、それだけじゃダメ。好調だったところも業績が伸び悩むようになるのは、結局サラリーマン経営者が増えて、目先の利益ばかりを追いかけるからじゃないですか。お客様が喜ぶことを追求できないから、そういう店は他から一歩遅れてしまうんです」

三森氏の言葉は、ファストフード店が伸び悩み、「ちょい高」でホンモノを求める業態が伸びている今、飲食業界の関係者全員がもう一度意識すべきことであるように思います。

2015年7月30日|Posted by 日経レストラン編集