貧しい人に食料を配るリーダーでもあるル・ベルナルディンのスターシェフ

前回に続いて、ニューヨークのシーフードフレンチ・レストラン「ル・ベルナルディン(Le Bernardin)」の人気の秘密に迫りたい。

同店のエグゼクティブシェフ、エリック・リペール氏はどんなモットーを抱いて、ル・ベルナルディンをレストラン最高の座に押し上げ、それを維持し続けているのか。

そんな疑問を抱いて、リペール氏の素顔に迫っていくと、スターシェフの多彩な活動ぶりが見えてくる。

世紀の投資詐欺事件がリペール氏を動かす

ル・ベルナルディンのエグゼクティブシェフ、エリック・リペール氏

ル・ベルナルディンのエグゼクティブシェフ、エリック・リペール氏(写真提供:Angie Mosier )

象徴的なエピソードを紹介しよう。それは、米国証券界を揺るがした巨額詐欺事件の話から始めねばならない。

2008年12月、米連邦捜査局(FBI)は、米ナスダック・ストック・マーケットのバーナード・マドフ元会長を詐欺容疑で逮捕した。マドフ元会長が運用する投資ファンドを舞台に、500億ドルにのぼる被害額を出した世紀の投資詐欺事件である。

ニューヨーク社交界の著名人であるマドフ元会長は、慈善団体への大口寄付者としても知られていた。その一つが「シティーハーベスト」という慈善団体だ。

シティーハーベストは、食べるものにも事欠くニューヨークの貧しい人たちに、食料を配給するボランティア事業を行っている。ニューヨーク市内には150万人以上の貧困者がいると言われ、この団体は毎週、26万人の貧困者に17台のトラックを動かして食料を配布している。

レストランや食料品店で余った食料が毎日捨てられているのを見たボランティアが、それらをかき集めて貧しい人たちに配ろうと考えたのが、運動が始まるきっかけだった。

マドフ元会長の大型詐欺事件と、スターシェフのリペール氏は直接的には、縁もゆかりもない。しかし、マドフ元会長の逮捕がリペール氏の背中を押すきっかけになったのは事実だ。

1食1ドル、1冊1ドルの連動寄付を申し出る

シティーハーベストによるボランティア活動の様子

シティーハーベストによるボランティア活動の様子(写真提供:City Harvest )

マドフ元会長の逮捕でシティーハーベストに対する資金援助がストップしたことを知ったリペール氏は2009年1月に、ある決断をした。年間10万ドルをシティーハーベストに寄付することである。

ル・ベルナルディンに来る客のランチ、ディナー1食に付き1ドル、リペール氏の著書『On the Line』が1冊売れるごとに1ドルの寄付を申し出た。ル・ベルナルディンには年間10万人以上の客が訪れるため、単純計算で年間10万ドル以上の寄付をすることになる。

これ以外にも、ル・ベルナルディンには、「ハーベストメニュー」というランチがある。45ドルのランチのうち5ドルをシティーハーベストに寄付するというものだ。

これは良くある美談とは違う。リペール氏はシティーハーベストの活動そのものにも深く関わっている。氏はシティーハーベストの中にある「フードカウンシル」という協議会の代表でもあるからだ。

シティーハーベストによるボランティア活動の様子

シティーハーベストによるボランティア活動の様子(写真提供:City Harvest )

レストランで余った食料を貧しい人たちに配る。それがシティーハーベストの根幹となる考えの一つ。リペール氏は次々とニューヨーク市内のシェフやレストラン経営者に声をかけ、参加を促してきた。

食育教育もシティーハーベストでの活動の一つだ。

最近、マンハッタンの北側にあるブロンクスという地域でイベントを開催した。各レストランから集められた余り物の食材を使った実地の料理教室だ。トマト、ブロッコリー、玄米を使ってチャーハンの作り方を貧しい人たちに教えた。缶詰でしか野菜を食べたことがない人もたくさんいて、野菜のおいしさに驚きの声を上げる人がいたという。

なぜリペール氏はこんな活動に参加するのか。

「自分はラグジュアリーなレストランで働いているが、同じ町にホームレスの人がいる。貧しさから満足な食事にありつけない家庭がある。自分の町に貢献するのは当たり前のことだ」

リペール氏が根っからの仏教徒であることも影響しているのだろう。「カルマ(業)の考え方を信じている。いいカルマにはよい結果がもたらされ、悪いカルマには悪い結果がもたらされると信じているから、社会貢献活動をするのは自分のためでもある」と語る。

「料理は豊かな経験にもとづくインスピレーションから生まれる」

シェフの仕事に役立つ面はないのだろうか。

「料理はアートのようなもので、新しいメニューは自分のインスピレーションから生まれる。インスピレーションは人生の経験から養われるものだから、店の外で色々な活動をすることが料理にも何らかの形で還元されているはず」

一流料理店の総料理長の立場だけではなく、テレビ番組を持ち、著書も出している。その活動の一つひとつが料理にも生きると考えているのだ。

「していいこと」「してはいけないこと」3カ条

では、リペール氏はどんなモットーを持って、1日300人が訪れるレストランを運営しているのだろうか。「してはいけないこと」「するべきこと」を尋ねてみた。

まず、「してはいけないこと」は

  • 傲慢にならないこと
  • その場にとどまらないこと
  • 心を閉ざさないこと

の3つ。この「3カ条」を常に心がけているという。

傲慢にならないことの中には、謙虚に日本料理を学ぶ姿勢が含まれている。その場にとどまらないとは、常に進化しようと心がけることを指す。心を閉ざさないとは、料理やサービスに対する批判も常にオープンな気持ちで聞き入れ、他のシェフの素晴らしいところは常に学ぶ姿勢のことだという。

これらの3か条を一言で言い換えれば「好奇心旺盛」ということになる。

ル・ベルナルディンのフロントサーバーによれば、リペール氏が日本のふりかけに興味を持ち、その一粒一粒を選り分けて、味を確かめ、選んだ粒を集めて料理にかけて出したことがあるという。

では「するべきこと、心がけていること」は何だろうか。それは次の3つだった。

  • 最高の状態を渇望するパッションを常にもつこと
  • 最高の素材を集めること
  • 一貫して最高を保ち続ける努力

「明日へのモチベーション」が一番大事

店には多数のスタッフが働いている。リペール氏は、調理場に立つだけではなく、「メンターとしての役割を果たしたい」と常に願っているという。メンターとは良き指導者、良き監督のことだ。

では、心がけている「最高」を手に入れるにはどうすればいいのか。リペール氏に問いかけてみた。

「才能豊かなシェフらスタッフと長い期間、チームを組むことだ。店は一人の才能だけで切り盛りできない。素晴らしいチーム体制が整えられて初めてお客様に最高の料理を出せる」。実際、彼の片腕であるシェフとは18年間も一緒に働いているし、パティシエとは8年の仲だ。

長年一緒に働くスタッフに「明日へのモチベーション」を与えることが自分の最大の役割だとも語る。一日の仕事を終えたとき、自分の仕事に満足し、明日はもっと成果をあげようとスタッフたちが気持ちを高めることができるように、メンターとして心配りすることを心がけている。

インタビューの最中、リペール氏は日本料理を尊敬していると何度も口にし、日本でもっと学びたいと語った。「明日へのモチベーション」を抱き続けるスターシェフ。それがリベール氏なのだ。

レストラン概要

シーフード・フレンチレストラン ル・ベルナルディン(Le Bernardin)
155 West 51st Street, New York, NY USA
Tel : 212-554-1515
http://www.le-bernardin.com/

取材協力:アスパイア・インテリジェンス社代表 信元夏代 www.aspireintelligence.com

2010年7月30日|Posted by 酒井 栄子(フリーライター)

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