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食の未来は大丈夫か?

地球規模の食料危機回避へ(前編)

2008年4月10日

キーパーソン・インタビュー/平岡泰樹
聞き手=加藤秀雄

平岡 泰樹(ひらおか・やすき)
カゴメ 取締役常務執行役員

1944年生まれ。67年九州大学農学部卒、同年カゴメ入社。92年商品企画部長、96年取締役。業務用営業部長などを経て、2001年常務取締役に就任。現在、取締役常務執行役員総合研究所長。

● 御社は緑黄色野菜の供給量で日本一の企業と聞いていますが。

平岡泰樹氏

平岡 2006年の厚生労働省の推計では、日本の野菜摂取量は約1375万t、うち緑黄色野菜は463万tです。そのうちカゴメが供給したのが約49万tですから1割強を占めています。このうちトマトが35万t、人参が13万tになります。

● それはすごい量ですね。そのうち国産の割合はどのくらいになりますか。

平岡 トマトだと重量比で見た国産比率は6%です。

● いかに世界各地から原材料となるトマトや野菜を調達しているのかが分かりますね。カゴメさんというと、本当にグローバルな原料調達に力を入れて来た企業というイメージがあるのですが、このような戦略をとるきっかけというのは何だったのでしょうか。

平岡 昭和42(1967)年に、台湾の財閥グループの1社と合弁で、台湾カゴメを設立したのが始まりです。動機ははっきりしていまして、この時には、昭和49(1974)年に、トマト加工品の自由化がスケジュールに載っていて、今後は国内産トマトだけではやって行けないということが分かっていたのですね。ただ、台湾には当時、加工用トマト産業というのがありませんでしたから、こちらから毎年大勢の人を送り込んで、加工用トマトの栽培方法を農家に教え、工場の機械設置から稼動、運営の仕方まで、一切合財を教えたのですね。

● トマトの畑はあったのですか。

平岡 いえ、畑作りからです。それが最初で、これが台湾時代ですね。原料のトマトからすべて作るという時代。次の山が85年のプラザ合意による円高です。台湾も工業化が進み元高になり、台湾だけではやって行けないということで、一気にヨーロッパ、トルコ、チリへと、全世界へ調達先が拡大しました。大きくいうとこの2段階ですね。

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