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百年の店、百年の言葉

京ふじ

料理は「こわされる芸術」なのだと思います

2011年6月10日
京ふじ

藤井富美朗◎「生年月日ですか? 年齢不詳でお願いします。料理を味わってもらうお客さんに先入観を持ってもらいたくないですから」と語る。学生時代に仲間と麻雀をしながら食べた料理屋の弁当のおいしさに感動して料理の道へ。

「京ふじ」は赤坂で22年、その後、銀座で12年続く京料理の老舗である。主人の藤井富美朗は27歳で京都の「たん熊本店」の板長になった超エリート料理人である。京料理を究めたたん熊の創業者、栗栖熊三郎が、息子に任せていたたん熊北店に働いていた若い藤井を見出して抜擢した。たん熊はまさしく100年以上続く歴史ある料亭である。

たん熊本店にはお客様用の風呂があった。店仕舞いした後、熊三郎が藤井を風呂に誘った。

「今日は文字通り裸でおまはんと話すからよう聞いてや。料理を美味く作り、上品に盛りつけするのは当たり前のことや。それよりも何より、京料理の真髄は、もてなしの間やな。お茶の世界でも一緒やね。お客様との間の取り方が肝心なんや」

食を愉しみにきた客を待たせてもよくないし、急がせてもダメ。京料理の真髄は料理人の心と客の心の間というか呼吸にある。オープンキッチンの目の前で展開する包丁の刃さばきの巧みさと、京料理を食べ慣れた客の体と箸のバランスのとれた動きは、まさにアートである。料理人と客が醸し出すハーモニーなのだ。

そのころ藤井が閃いたことがある。人間の舌は春夏秋冬味わう感覚が違うのではないか。

春と秋はほとんど同じとしても、夏と冬はまったく舌の感覚は違うはずだ。夏はさっぱり系を好み、冬はこってり系を好む。藤井は夏と冬のお出汁をかえて作ってみた。さすがの師匠、熊三郎も相好を崩して認めてくれた。それがいまでも京ふじで頑固に守り続けている料理の要諦である。

「夏と冬、器が替わるように、うちでは出汁を替えてます。どんなふうにですかって、それは企業秘密ですわ。しかし料理というものはいくら典雅に盛りつけしてもあっという間にお客さまのお体のなかに呑み込まれ消えてしまう。そこがはかなくていいんです。オーバーにいえば、“こわされる芸術”っていうんでしょうかね」と藤井は胸を張る。

わたしは藤井の料理を30年以上食べてきた。1月のふぐ料理、白子の握り。2月のシラサエビの握り寿司、5月過ぎの丹波の豆ご飯と日本海の鱒のカマの塩焼き、そして10月の松茸づくし…。どれもこれも頬が落ちる。そのときわたしはいつも料理人、藤井富美朗と出逢った大きな幸せを噛みしめている。

京ふじ

左:造り盛り合わせ(明石の天鯛、赤貝、本マグロ、ヤリイカ)右:炊き合わせ(伊勢エビ、聖護院大根、京たけのこ、フキ、生湯葉)

店舗DATA:「京ふじ」●東京都中央区銀座6-8-19●TEL:03-3574-1010 ●営業時間11:30~14:00、17:00~22:00

島地勝彦◎作家。1941年生まれ。「週刊プレイボーイ」や「PLAYBOY」の編集長、集英社インターナショナル社長などを歴任し、2008年11月から作家活動に。著書に『甘い生活』(講談社)など多数。過去45年間、朝食(タマゴ1個)を除き、すべて外食の生活を送る実践的食いしん坊。

(写真=稲垣純也)

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