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百年の店、百年の言葉

マサズキッチン 47

味の評価はお客様がすればいいのです

2011年7月6日
マサズキッチン 47

鯰江真仁◎1967年岐阜県生まれ。高校在学中から中国料理店で働き、1996年東京渋谷の名店「文琳」に入る。同店の料理長を務めた後、2008年「マサズキッチン 47」を開業。

東京・恵比寿の中国料理店「マサズキッチン 47」は、オープンしてまだ3年に満たない。だが既に「百年の店」になる可能性を感じさせる。研究熱心なシェフ、鯰江真仁(なまずえまさひと)は、素材の持ち味を生かし切る新感覚の中国料理によって、ミシュランの1つ星を獲得した。

鯰江とは、苗字からして料理人らしい名前ではないか。高校時代、岐阜の街にある普通の中国料理店にアルバイトとして入ったのが、この道への第一歩であった。はじめはホールの担当していたのだが、料理人に「おまえ、やってみるか」と声をかけられ、運良くキッチンに入れてもらった。鯰江は小学校の卒業アルバムに、将来は料理人になると書いていたのだが、実際に包丁を握ってみるとリンゴの皮も剥けなかった。

好きこそものの上手なれである。眠っていた才能が一挙に目を覚まし、メキメキ頭角を現した。多くの若者が辞めていくこの世界で、鯰江はますます料理にのめり込んでいった。それから上京し、渋谷の中国料理の名店「文琳」に入りさらに腕を磨いた。そして12年後、鯰江は自分の名前を冠した店を開いた。

店はあまり中華ぽくしたくなかった。そこでオープンキッチンを採用し、ワインもイタリアンレストラン並みに揃えた。料理もたとえば、野菜炒め1つ取っても、10種類の山菜を使った腐乳炒めのように、常に新しい食材を試し、これまでにないメニューに挑戦している。

「デートや誕生日のお祝いや仕事の接待など、どんな状況でも、どんな人数で来ても、いくつもの料理を楽しめるお店にしたかった」と鯰江は言う。昼と夜の営業だが、オープン以来一度も休んだことがない。常に6人の若い料理人の陣頭に立って働いている。

鯰江のモットーは、舌の肥えたお客に「こんな料理が食べたい」と言われたら、即座に作って差し上げることだという。「お客様の無理が聞ける店にしたいのです」。この一言こそ鯰江の料理人としての自信の表れである。

わたしは鯰江の作った冷やし担々麺をはじめて食べたとき、そのうまさに腰を抜かした。まず麺がちがう。上品な辛味と酸味がほどよく舌の上でからまって乱舞する。3日間通い続けたのだが、まったく飽きなかった。わたしの夏は、毎年この典雅な冷やし坦々麺からはじまるようになった。

マサズキッチン 47

クリーミーでゴマの風味が効いた夏季限定の冷やし坦々麺

マサズキッチン 47

焼きワンタンは皮のしっかりとした食感に続いて口中に旨みが広がる

マサズキッチン 47

ジョナ、赤ミズ、山ウド、行者ニンニクなど10種類の庄内産の山菜を使った腐乳炒め

店舗DATA:「マサズキッチン 47」●東京都渋谷区恵比寿1-21-13コンフォリア恵比寿B1F●TEL:03-3473-0729●営業時間11:30~14:00、18:00~23:30、月曜休

島地勝彦◎作家。「週刊プレイボーイ」や「PLAYBOY」の編集長、集英社インターナショナル社長などを歴任、2008年11月から作家活動に。著書に『甘い生活』(講談社)など多数。過去45年間、朝食(タマゴ1個)を除き、すべて外食の生活を送る実践的食いしん坊。

(写真=稲垣純也)

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