「日経レストランONLINE」は、「日経レストラン」の休刊に伴い、3月末日をもって更新を休止することになりました。長らくご支援を賜りました皆様に厚く御礼を申し上げます。

百年の店、百年の言葉

与志乃

いまも父の握りの速さと形がベストだと思うね

2011年7月13日
与志乃

吉野浩司◎1947年生まれ。高校卒業後、「与志乃」で修業を始める。「何かを教えてもらった記憶はないね。オヤジがやっていることを見て、ひたすら盗みました」

子は親の背中を見て育つといわれるが、東京・京橋の老舗寿司店「与志乃」の二代目吉野浩司は、実父末吉の寿司を握るときに見せる見事な手返し技を子供のころから見て育った。当時、天才寿司職人といわれた吉野末吉の下には、大勢の弟子たちが集まってきた。その中には後に世に出る「すきやばし次郎」の小野二郎がいた。ミシュラン3つ星に輝く「鮨 水谷」の水谷八郎がいた。いってみれば、「与志乃」には超一流の江戸前寿司の源流がある。

「オヤジが握っていたころの寿司はいまの握りよりシャリが大きかった。見栄えのするいい寿司の形は上から見ると長方形で高さがあって、横から見ると扇形なんです。いまのお客さんはシャリを小さく小さくというもんで、どんどん握りが小形になってしまった。だから折に入れると、どうしても見栄えが悪くなります。まあ時代なんですかね」

と二代目の浩司は語る。たしかに客がいろんなネタを沢山食べたいからシャリを小さくしてもらいたいという気持ちも分かる。「わたしは高卒でこの道に入りました。はじめは他人の店で修業しようとしたんですが、オヤジがこの世界の有名人でしたから、そんなところの息子なんて雇ってくれませんでした。仕方なくオヤジの下で働くことになったのです。オヤジがこの京橋に店を構えたのは昭和24年、まだ米が統制されていた時代でヤミ米を買うんで苦労したそうです。だから店は2階にして当局からの目を眩ましたつもりだったのですが、何度も踏み込まれて捕まったそうです」

父の末吉は尋常小学校の5年を終えると奉公の道を進んだ。東京・沼袋の「中乃見家」という寿司の名店に入った。末吉はめきめきと頭角を現して10代の後半には支店の店長を任された。

「戦後はじめてここ(京橋)に自分の店を持ったオヤジは、花柳界で遊ぶのが大好きでした。でも、麻雀や花札なんかの手遊びは一切やりませんでした。手遊びはすぐに立てない(止められない)からダメなんだと言ってました。それからタバコも。指に付いたヤニが酢で溶けて寿司の味が苦くなるからです。だからわたしもタバコはやりません」

「与志乃」に足繁く通った作家の池波正太郎は「ここの寿司は連綿と続く江戸前の小粋な味がする」といつも絶賛していたという。

与志乃
与志乃
与志乃

やや大きめで背の高い与志乃の寿司は、凛とした存在感がある。酢の効いた人肌のシャリは口の中でホロリと崩れる。その食感はまさに口福そのもの。芝エビと巻エビのすり身を使った卵焼きの味は、与志乃で修業した多くの職人たちの店に受け継がれている

店舗DATA:「与志乃」●東京都中央区京橋3-6-5●TEL:03-3561-3676 ●営業時間11:30~13:30、17:00~20:30

島地勝彦◎作家。「週刊プレイボーイ」や「PLAYBOY」の編集長、集英社インターナショナル社長などを歴任、2008年11月から作家活動に。著書に『甘い生活』(講談社)など多数。過去45年間、朝食(タマゴ1個)を除き、すべて外食の生活を送る実践的食いしん坊。

(写真=稲垣純也)

バックナンバー