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百年の店、百年の言葉

鳥政

オヤジのやってきたことを守り続けただけです

2011年11月2日
鳥政

川渕克己◎1943年生まれ。66年から6年間、男性衣料のバイヤーとして会社勤めを経験。72年に父が創業した「鳥政」のカウンターに入り、焼き鳥の腕を磨いてきた。

「鳥政」の創業は1946年である。創業者の川渕政次は現在の店主、川渕克己の父親であった。90歳まで元気だったのは、焼き鳥のお陰だったのか。当初、政次は川崎市からリヤカーを引いて東京・新橋で屋台から始めた。その後、72年にいまの銀座の店に落ち着いた。

政次が60歳のとき、30歳の克己は父親から焼き鳥の秘伝を一から教わった。いま、息子の政太朗が同じように克己から一子相伝で教えを受けている。祖父、父、息子の3代続く「鳥政」の鶏は、創業以来変わることなく、筑波山の麓で伸び伸びと育った鶏を使っている。

そんなわけで、「鳥政」は行列が出来る焼き鳥屋である。17時オープンから23時の閉店まで、お客が絶えることがない。備長炭を扇ぐウチワにマジックで大きくサインがしてあった。「鳥政 わしだ 静」。常連客の作家、伊集院静さんが酔った勢いで書いたらしい。伊集院さんは夜遅くやって来て克己にいう。「親爺はもう帰っていいよ。政太朗で十分だ」。早く政太朗を一人前にしたい伊集院さんの親心だと克己は嬉しく思うのだが、伊集院さんはそれから深夜3時過ぎまで飲み続ける。もしかすると親爺がいると煙たいのかもしれない。

毎朝、鶏が送られてくると、1羽、1羽、手で捌く。いまでは機械で捌かれた鶏が主流だが、手捌きされた「鳥政」のペタ(ボンジリ)はほかの店より二回りは大きく、脂がよく乗っていて実にうまい。特にわたしは白レバーが大好物だ。最後に出るせんべいのようにのばした魚沼産の焼きご飯も秀逸である。丹誠込めて漬け込んだラッキョウもこれまた出色だ。

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