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百年の店、百年の言葉

田佐く

食べるのはお客さん。意見を聴くのは当たり前です

2011年11月30日
田佐く

宮田友幸◎1948年生まれ。16歳のときに東京・神楽坂の日本料理店で修業を始め、浅草の寿司店を経て「田佐く」に。釡飯の店だった「田佐く」をすっぽんと鮟鱇の名店に変貌させた。

料理人、宮田友幸は1kg強あるメスのスッポンをあざやかな包丁捌きであっという間に下ろした。若いときは何度もスッポンに噛みつかれた。スッポンの生命力の凄いところは、胴から切り落とされた首だけで料理人の指に噛みつき、離さないのだ。だからスッポンを食べると人間さまは元気になる。

鰻は天然と養殖を比べると月とスッポンほどの違いがあるが、スッポンは天然も養殖もほとんど味に違いはない。

宮田は千葉県出身で、16歳で包丁を握っていた。「田佐く」はスッポンと鮟鱇が売り物だ。スッポンがいちばん売れるのは6月だと言う。「梅雨どきで体がだるくなるんで、スッポンでも食って元気を出そうとするんですかね」と宮田は解説する。

鮟鱇には旬の季節があるが、スッポンは季節を問わない。それだけに、鮟鱇の時期にスッポンを食いにくる客には通人が多いと言う。

「わたしの料理はすべてお客さまに教わったものばかりです。通人のお客さまがいちばんの先生です。うちの名物になっているスッポンのモモの塩焼きも、昔お客さまに教わったものなんです」

確かにほかの店ではモモ肉は唐揚げで出すのが普通だ。「田佐く」で塩焼きにしたモモ肉をはじめて食べたとき、わたしのホホ肉が落下した。この味は何なんだ!弾力のある食感、くどくない脂身、これぞ大牢の滋味だ!

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