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百年の店、百年の言葉

キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレ

一食入魂、料理は気持ちでつくる

2012年7月4日
キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレ

木下威征◎18歳で料理の世界に入り渡欧、フランス料理店で修業する。帰国後「モレスク」などを経て2008年「オーギャマン ド トキオ」を開店。

木下威征はフランスの三つ星レストランで修行した歴としたフランス料理のシェフであるのだが、いま東京・白金の「キャーヴ ドゥ ギャマンエ ハナレ」のカウンターに立って、和食を作っている。一食入魂すれば和も洋も関係なくお客さまを喜ばせられる、と木下は信じて疑わない。

それには哀しい体験があった。まだ木下が東京・白金台のフランス料理店「モレスク」で働いていた頃、仲の良い夫婦と娘さんが毎週土曜日必ず木下のフランス料理を食べに通ってくれていた。裕福で幸せな一家に、突然、悲劇が襲った。娘が20歳の若さで癌に冒されたのだ。抗がん剤の副作用でぐったりしている最愛の娘に父親が「何か食べたいものはないか」と尋ねた。娘はか細い声で答えた。「きのやんが作ったお子様ランチが食べたい」。

一人娘の願望を叶えてやろうと、父親は木下の前に仁王立ちになって娘の言葉を伝えた。木下はお子様ランチなど作ったことがなかった。胸を詰まらせながら、木下は仕入れてあった最高級の和牛を叩いてハンバーグにして見事なザ・お子様ランチをたちどころに作り上げた。

食欲を失っていた娘は美しいお子様ランチをぺろっと平らげた。そして言った。「おいしい料理はいっぱい食べてきたけど、あったかい料理はお母さんと、きのやんだけだった」。それから三日後、娘は静かに息を引き取った。父親からそう告げられ、木下は辺り構わず号泣した。

既に、業界内で木下は人に知られる存在になっていた。「天狗になっていたんです。醤油を出してくれと言うお客さまに、和食に行ってくれなんて答えていましたから。あの一言を聞いて、俺は何てちっぽけなんだろうと頭をぶん殴られました」。

木下は料理人を目指した若き日を思い出した。そうだ、おれは仲間の「うまい」という笑顔がうれしくて料理人になったんだ。ジャンルにこだわることなく、お客さまのその日の舌に合わせよう──。

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