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百年の店、百年の言葉

みよし

鴨を焼くって何て難しいのだろうと今でも思いますね

2012年7月25日
みよし

田向文子◎1974年から父と母が営む割烹料理の「みよし」に入り、店を手伝った。父の死後、1994年に店を引き継ぎ、合鴨料理の店として人気を集め、いまに至る。

東京・銀座の「みよし」は創業60年の老舗である。銚子出身の料理人、田向周蔵がここに開店すると、たちまち通人として知られた美術評論家の青山二郎が入り浸った。続いて弟子の白洲正子と親友の小林秀雄が一緒にやってきた。

3人は周蔵の作る料理に舌鼓を打った。青山二郎は酔いつぶれてよく2階に泊まった。翌日も周蔵の賄い料理を堪能して昼過ぎに帰って行ったが、夕暮れどきになるとまた白洲正子と小林秀雄を引き連れてやってきた。そんな父親と常連を店の奥から見ていた少女がいた。田向文子、現在の「みよし」の店主である。

「父の時代は小粋な割烹料理の店だったんですが、私は合鴨一筋でやっています。料理のりの字も知らなかったので、最初カウンターに立ったとき、仕入れの魚屋さんが見かねて平目を下ろしてくださいました。父の死後、私が店を継ぎますと常連さまに案内状を出しましたら、心配してみなさんきてくれました。もう70代、80代になられますが、いまでもちょこちょこ来てくれます」。

死しても父、周蔵の愛情は威光となり輝いて娘を守ってくれている。いま田向文子は黙々と、備長炭で煙をモクモク立たせながら毎日合鴨を焼いている。それをスライスしてポン酢と一緒に出す。冬の旬の季節には、2~3週間先まで12席が予約でびっしり埋まっている。

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