決断のとき・千房 代表取締役 中井政嗣 編

「飲み屋のおばちゃんにまで借金。株を手放し、ファンドも入れた」

「ピンチはジワーッとくるけれど、チャンスは瞬間でくる。それをどうつかむかが勝負」

1990年、千房道頓堀ビルは49億円をかけて建設を開始した。1階から5階まで千房の各種価格帯の店舗が入る。階ごとに趣の違うお好み焼きを楽しむことができる、いわば「お好み焼きグルメビル」だ。

投資額のうち、30億円は借り入れ。時はバブル期。まだ誰もが不動産は上がり続けると信じて疑わなかった。この道頓堀ビルも1坪あたり1億269万6000円という額。「たとえ経営が傾いたとしても、ビルを売れば、元は取れる」。中井はそう踏んだ。だからこその巨額投資だった。

しかし、ビルが建ち上がってオープンした1992年には、すでにバブルは崩壊し始めていた。ビルの資産評価額は計3億円と10分の1にまで下がった。千房は順調に利益を出していたにもかかわらず、債務超過に陥る。夢のビルは一転、悪夢のビルとなった。

「売り上げは全部返済に充てるから、給料が出せない。行きつけの飲み屋のおばちゃんにまでお金を借りにいきました。貸してくれると聞いた瞬間、有難くて涙が出た。もう、プライドもへったくれもなかった」。

本社を縮小移転しボーナスもカット。幹部は店舗に張り付かせ、定休日にも営業した。しかし、追い討ちをかけるように金利は上がる。事態は一向に良くならなかった。

「2002年に銀行の新規の融資が止まった時は、来る時が来たなと思った。でも、不思議とこのままつぶれるとは思わなかった。それまでにも何度かピンチはあったけど乗り越えてきたから、何かまた次の手が出てくんのちゃう?とふと思ったんだね」。

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