決断のとき・ハブ会長 金鹿 研一 編

“外様社長”が切り開いた
再建への道

英国風パブHUBは、1980年にダイエー創業者の故・中内㓛が、パブの文化を日本にも広めたいと子会社化して始めた事業だ。しかし、事業開始から15年経っても、鳴かず飛ばずの状態が続いていた。

英国パブにならったキャッシュ・オン・デリバリー(注文時に支払いを済ます仕組み)の顧客への浸透に時間がかかった上、急速な拡大路線をとったために、店ごとに商品やサービスのレベルにばらつきが出て、業績は低迷。利益を出せずにいた。グループ内の給食会社、さらには同じくグループ内で和風居酒屋を展開していたりきしゃまんへと営業譲渡することで、生き残りを図ったが、HUBの事業の縮小傾向は止まらない。業を煮やした中内は、グループ会社の再建をいくつか経験していた金鹿をりきしゃまんの社長に任命して立て直しを任せた。

しかし、冒頭で述べたように“完全な外様”の金鹿に対して生え抜きの社員たちの目は冷たかった。現在社長を務める太田剛もそんな1人だった。「文句でも言われようものなら、『何も分かってないんだろう。俺が教えてやる』ぐらい言う気持ちで構えていました。本当にそれくらい、斜めに金鹿のことを見ていた」。

一方、当時のHUBの店舗の状態は、金鹿に言わせれば、「パブもどき」。英国パブなら当然あるべきエールもない。コスト削減に翻弄され、ただ、メニューが安いだけで内装は貧相。古くても味のある家具を使い、ゆったりとくつろげる本来の英国パブの雰囲気はかけらもなかった。

「うちの幹部には、1人も英国の本物のパブを見た人間がいませんでした。だから、パブがどうあるべきかも分かっていなかった。しかも、現場ありきの世界なので、自分の技ややり方に対してだけは下手に自信と誇りを持っていた」。

しかし、しょせん、自分目線の自信と誇りだ。果たして、今の店舗、価格、サービスは顧客に対して、本当に胸を張れるのか。金鹿は自問した。確かに自分には外食の経験がない。だが、商いの王道である顧客目線に立つことの大切さはどの事業でも変わらない。「今のHUBは主語が自分であってお客様ではない。これをひっくり返さねば。そのためには、まず幹部の意識改革だ」。早々に決意を固め、HUBの再建に乗り出した。

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