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決断のとき・四川飯店オーナーシェフ 陳建一 編

2008年5月28日

四川飯店オーナーシェフ
陳 建一(ちん けんいち)

1956年東京生まれ。日本に四川料理を広めた陳建民の長男。小、中学校は東京中華学校で学び、玉川大学卒業後、東京・赤坂の「赤坂四川飯店」に入り、父の下で中国料理の修業をする。テレビ番組「料理の鉄人」に“中華の鉄人”として出演し、人気を集めた。2007年現在、17店経営(「四川飯店」7店、「スーツァンレストラン陳」4店、「陳建一麻婆豆腐店」4店、ほか)

文=芦部 洋子
写真=菅野 勝男

二代目の重圧を乗り越え、業容拡大
親父の残した財産を「守る」のは役目
「おもてなし」の徹底こそ“自分の仕事”

「僕の場合はさ、二代目ですから。何もないところから店を築き上げた人たちとは、いろんな点で違うよね」。陳建一は快活に話し始めた。亡父、陳建民が1970年に開店した「赤坂四川飯店」の、厨房脇の個室。「創業者の人たちは、みんな強い意志を持ってるよ。そうじゃないと、やっていけないもん。彼らは修羅場をいくつもくぐり抜けて来てるから、何が起きても強いんだと思うよ。親父の体験に比べたら、僕の悩みなんて、まるっきりちっぽけなもんだよ。お金の苦労だってしたことないし」。

“四川料理の父”とも“中国料理の神様”とも讃えられる建民は、満州事変、日中戦争、内乱と続く戦火の中、中国国内を放浪した末に、台湾、香港を経て1952年に来日。58年に東京・西新橋に「四川飯店」の看板を揚げた。麻婆豆腐、エビのチリソース、担々麺、回鍋肉……。現在、日本中の中国料理店のメニューに名を連ね、家庭料理としてもなじみ深いこれらの料理は、ほんの50年程前に建民が日本に広めたものだ。

「子供の頃から、親父が料理をしている姿を見て、ステキだなァと思ってた。料理を食べたお客さんが『美味しかったよ』って、ニコニコしながら言ってくれるじゃない」。

「中学生の頃、チャーハンを作るコックさんが鍋とお玉を鮮やかに操る姿、あのカッコ良さに憧れたんだよね。四川料理ではあんまりチャーハンは作らないんだけど、親父にコツを教えてもらって練習したよ」。

鍋ふりに憧れていた少年は、78年に大学を卒業後、四川飯店に入り、父の弟子となった。「後継ぎとなることを強いられた覚えはないけど、他の職業に就くなんて、全く考えたこともなかったですよ。親父に反抗したこともないし、怒られたこともなかったんだよね」。

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