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決断のとき・イターナルサービス社長 大倉 忠司 編

2009年9月24日

イターナルサービス社長
大倉 忠司(おおくら ただし)

1960年大阪府生まれ。高校卒業後、飲食店経営を目指して辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)に入学。卒業後、リーガロイヤルホテルに入社、2年間ウエイターを務める。82年退社して焼き鳥店に勤務し店舗拡大に尽力。85年独立して「鳥貴族」オープン、91年からFC展開。05年に東京進出し全国展開を目指す。09年7月末現在、139店舗(うち直営63店舗)、社員数143人、直営年商45億円。

文=芦部 洋子
写真=丸毛 透

赤字店を抱えつつ大阪一の繁華街に進出
全品均一価格に徹して1業態1000店舗目指す

人々が激しく行き交う大阪・道頓堀。道頓堀川にかかる戎橋(えびすばし)の上で、イターナルサービス社長の大倉忠司は、かれこれ1時間も立ち尽くしていた。2003年9月、彼が経営する焼き鳥専門店「鳥貴族」の道頓堀出店が決まり、今日看板が揚がったのだ。

「有名なグリコのネオンのそばに、うちの看板が揚がったんです。あの感激は今でもありありと覚えています。大阪人の飲食店経営者だったら、道頓堀に店を持つのは憧れ。でも、その食い倒れの街のど真ん中に、まさか僕が店を出せるなんて、思ってもいなかった」。

しかし、大倉の心中は不安も大きかった。競合がひしめくこの繁華街で、果たして「鳥貴族」が通用するのだろうか。それでも彼は、勝負をかけた。

85年に東大阪市内に9坪27席の1号店を開店した焼き鳥専門店「鳥貴族」は、全品280円均一(税抜き)を売りにして、03年までの18年間で30数店を展開してきた。立地はすべて東大阪市と大阪市の郊外。物件面積は10〜15坪、保証金300万円以下が目安だった。同エリア内に集中出店し、認知度を高める戦略で店舗を拡大してきたのだ。

しかし、今度の道頓堀の物件は繁華街の中心、しかもビル3階の24坪46席だ。出店資金は約3500万円だった。「今まで郊外での商売しか経験がないのに、初めての繁華街で、店舗面積も広いし、しかも空中店舗。お客さんが入ってくれなければ、この均一価格では利益が出ない」。心配の種は尽きなかったが、それでも出店を決意したのには、大きな理由があった。

00年から02年にかけて出店した3店舗がいずれもオープン時から赤字続きだったのだ。不調の原因は明らかだった。新たな出店地域を開拓しようと、今までの出店地域から少し離れた、北東部郊外に出店したためだ。この地域では「鳥貴族」は全く知名度がなく、お客が入らなかった。

「うちは販促をしないから、名前を知ってもらうまでは、なかなか売り上げが伸びないんです。開業当初から、同じ経験を何度もしてきましたから、うちの良さを認知してもらえれば、いつかは必ずお客が入ってくれると思っていました」。

食材は国産の生の鶏肉を使い、毎日各店内で串打ちする。一般的な焼き鳥は1本約30gだが、看板の「貴族焼」はその3倍の90gを2本で280円。味、ボリューム、価格共に自信を持っていた。しかし、3店すべてで赤字が続くのは痛かった。

さらに追い討ちをかける事態が起こった。02年の道路交通法改正により飲酒運転の罰則が強化された結果、ロードサイド店の売り上げが落ちていったのだ。特に、駅から遠く離れた4号店は平均日商15万円から7万円にまで落ち、繁盛店から赤字店へと転落した。

これらの赤字店舗のために、会社全体も赤字に転落するギリギリまで追い込まれていた。しかし、それよりも大倉は、社内を覆う沈滞ムードのほうが気になっていた。

「売り上げが伸びないので、僕と専務の給料をカットしただけでは足りなくて、初めて従業員の休日を1日削らせてもらったんです。すると、社員の間に『うちの会社、ホントに大丈夫なん?』という空気が漂ってきた」。

専務取締役を務める中西卓己は、社員の不安をさらに切実に感じていたという。

競合店ひしめく繁華街で成功できるか不安だった

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