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決断のとき・「タテル ヨシノ」オーナーシェフ 吉野 建 編

2008年10月30日

「タテル ヨシノ」オーナーシェフ
吉野 建(よしの たてる)

1952年鹿児島県喜界島生まれ。79年からフランスで修業を積む。89年、「ステラ・マリス」(神奈川県)を共同経営で出店。92年に再度渡仏し、97年パリ「ステラ・マリス」開店。2003年東京で2店の「タテル ヨシノ」を開店。07年1月にはスイスで行われたダボス国際会議の料理長を務める

文=芦部 洋子
写真=菅野 勝男

「料理は賞賛されるのに
なぜ星が取れないのか……」
ミシュラン本社に乗り込んだ

「僕はね、ミシュランのオフィスに意見しに行ったんだよ」。吉野建は、強い意志を湛(たた)えた大きな眼をぐっと見開いた。吉野がオーナーシェフを務める「ステラ・マリス」は、強豪レストランが軒を並べるパリ8区に1997年開店。その翌年から“星に最も近い店”と評されてきた。さらに、フランス料理界の重鎮、ジョエル・ロブションからも「君の料理は“星”に値する」と何年も前から太鼓判を押されていた。

「でも……取れなかった。僕自身、ほかの1ツ星、2ツ星の店と比べても、料理では決して負けていない自信があった。なのに、なぜ……」。

オーナーシェフとしてパリで勝負している吉野には、ミシュランの星の持つ意味はひと際大きかった。

「納得できなくて、僕はひとりでミシュランの本社に乗り込んで、『なぜだ。あんたたちの考えは理解できない』と意見したんだ」。そこまでやるのが、吉野という人間だった。「薩摩隼人だから、胸に留めておくことができないんだよね」。

言いたいことを言ったら、気持ちに変化が起きた。「僕はミシュランとは縁がないんだ、と思った。それで、方向転換したんです」。パリ「ステラ・マリス」だけに集中してきたエネルギーを、新たな地に向けようと決めた。

「故郷、日本に店を出すことにしたんです。停滞するのは嫌だから、自分の力で流れを変えようと。知り合いからホテルにレストランを出す話が来て、僕のやりたいことがやれそうだったから、よし!と決めたんです」。

そうして2003年3月、東京・港区の芝パークホテルに「キュイジーヌ フランセーズ タテル ヨシノ」を、続いて9月、汐留のパークホテル東京に「ガストロノミー フランセーズ タテル ヨシノ」をオープン。フランスに渡ってから、11年後のことだった。

「キュイジーヌ フランセーズ タテル ヨシノ」は68席。料理は昼3675円~、夜1万500円~。写真の料理は「テット ドゥ コション ソース トルテュ」

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