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決断のとき・ゼットン社長 稲本健一 編

2009年8月27日

ゼットン社長
稲本健一(いなもと けんいち)

1967年名古屋市に生まれ金沢市で育つ。芸術系の短大卒業後、工業デザイナーを経て95年「ZETTON」オープン。以降、名古屋・東京を中心に出店を続け、2004年以降は公共施設への出店も手がける。06年10月名証セントレックスに上場。07年からはオーストラリア、ハワイにも店舗を拡大。国内40店舗、海外2店舗。社員数272人、年商56億円(09年2月期末現在)

文=芦部 洋子
写真=鈴木 愛子

ゼットン社長の稲本健一が自身の経営する店に現れると、あちこちから「イナケン、お久しぶり!」の声がかかる。「楽しんでくれてる?」。声の相手一人ひとりと視線を交わしながら笑顔で応える稲本。この人懐っこいふるまいに惹かれるのか彼の周囲には、たちまち男女問わず取り巻きの輪ができていく。

「昔からみんなが飲んで楽しんでいる空間に身を置くのが好き。だから飲食業を続けてこられた」。こう言う稲本だが、最初からすんなり飲食業を始めたわけではない。

1994年、26歳の稲本は名古屋市内のデザイン事務所で工業デザイナーとして働くかたわら、副業として飲食店のリニューアルやイベント企画を請け負っていた。ところが、身内が経営する居酒屋のリニューアルにかかわったとき、その店のデザインを担当していた神谷利徳にこう言われた。

「わっと盛り上がる店の立ち上げにほんの少しだけかかわって『後はよろしく』というのは無責任だよ。店作りは楽しいが、営業を続ければ地獄を見ることもある。それが飲食業だ。今の稲本は美味しいとこ取りのただの“オープン屋”。本気で店の面倒を見るつもりがないなら、今のうちに抜けたら?」。

痛いところをつかれた─。そう思った。ちょうど自分でも仕事のあり方に疑問を感じ始めてもいた。稲本は翌日、デザイン事務所に辞表を出した。「今日からは飲食業一本で生きて行く。まずは、目の前のこの店のリニューアルに専念して絶対に繁盛させようと思った。僕にとって一番大きな決断でしたね」。

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